タイトル

 
 【一寸の光陰 軽んずべからず】「ドリームプレイヤー」【E850138--】
「一寸の光陰軽んずべからず」
 
宋の朱熹の詩に見えることば。光陰とは時間のこと。ほんの少しの時間も、あなどって無駄に費やしてはならない、という意。 
 
 【憂きことのなおこの上につもれかし限りある身の力ためさん】「くろうみそ」【F75040815】
「憂きことのなおこの上に積もれかし限りある身の力ためさん」
 山中鹿之助の歌として知られているが、これは誤りで、陽明学者・熊沢蕃山(1691没)の作と考えられる。
 
 おかあさん、おかあさん。どこへいったのでしょうねと、
   大さわぎしたムギワラ帽子。谷へ落としたあの帽子。
「あの日あの時あのダルマ【F78031821】」
「人間の証明」
 森村誠一の推理小説「人間の証明」に登場する西条八十の詩の一節「母さんも僕のあの帽子、どうしたでせうね?ええ、夏碓氷から霧積へ行くみちで、渓谷へ落としたあの麦藁帽子ですよ」から。
 
 【オッペケペッポーペッポッポー】「時限バカ弾」【C850741--】
「オッペケペ節」
 明治中期、新派俳優川上緒二郎が浮世亭○○と名乗って寄席に出演、時世を風刺して歌った演歌。「権利幸福嫌いな人に自由湯(党)をば飲ませたい、オッペケペ、オッペケペッポー、ペッポッポー」などの歌詞が人気を博し全国的に流行した。
 
 【神さまはぼくを見はなした、ウ、ウ……。】「ドライブはそうじ機に乗って」【D78031823】
「天は我らを見放した」
 昭和52年に公開された映画「八甲田山」から。明治35年に実際に起こった雪中行軍中の遭難を題材にしたもので、このセリフはテレビでのCMで繰り返し流され、評判となった。
 
 【かん難汝を玉にす】「くろうみそ」【F75040815】
「艱難汝を玉にす」
人間は、多くの辛いこと、難儀なことに遭遇して、初めて玉のような立派な人格になる、という意。
 
 【健全な精神は健全な身体に宿る】「ドリームプレイヤー」【E850138--】
「健全なる精神は健全なる身体に宿る」
 西洋のことわざで、本来は健全な身体に宿った健全な心がよいという意。すなわち、心身ともに健やかなのがよい、という意であったのを、翻訳した際、このようなことわざになったもの。
 
 【光陰 矢のごとし】「ドリームプレイヤー」【E850138--】
「光陰矢のごとし」
 年月の早く過ぎ去っていくことは、まるで矢が一瞬の間に飛び去るように早く、しかも過ぎ去った時間は、矢が再び元へ帰らないように、再び帰ってこないものである、という意。
 
 【記おくにない!】「Yロウ作戦」【F76061117】
「記憶にございません」
戦後最大の汚職と言われたロッキード事件で証人喚問で小佐野賢治が乱発した言葉。
 
 【男子いたる所青山ありさ】「ベロ相うらない大当たり!」【F75111225】
「人間到るところ青山あり」
 人間は、どこでも青山(墳墓の地)があるもので、何も故郷のみに限ったことではない、という意。意気軒昂として故郷を出で立つ者の心境である。
 
 【二兎を追う者は一兎をも得ず】「ドリームプレイヤー」【E850138--】
「二兎を追う者は一兎を得ず」
 二匹の兎を追って捕ろうとする者はかえって一匹の兎を捕ることもできない、というので、物事の両方を同時に行おうという欲を出すと、かえって両方とも成就する事ができない、という意。
 
 【ばっかじゃなかろか】「地球製造法」【C73030512】
「バッカじゃなかろか」昭和28年ごろ
 トニー谷の決まり文句。そろばんでリズムを刻みながらの語り口で様々な流行語を生み出した。
 
 【普通の男の子にもどらない】「普通の男の子にもどらない」【E850540--】
「普通の女の子に戻りたい」
 盛り上がらないジャイアンコンサートに一計を案じたジャイアン。歌手を引退すると言えば、みんなが引き留めるだろう、と言うに違いない。そこでカムバック宣言とくる。
 これは昭和52年当時大人気だったアイドル歌手のグループ、キャンディーズの3人が解散する際に口にした言葉、『普通の女の子に戻りたい』から来ています。
 
 【目は口ほどに物を食べ】「目は口ほどに物を食べ」【EF900642--】
「目も口ほどに物をいう」
 目つきで口で言うほどに意を通じることを言う。
 
 【笑う門には福来たる】「よかん虫」【E76071215】
「笑う門には福来たる」
 笑い声の満ちている家には幸福がやってくる、という意。
 
 【われに七難八苦をあたえたまえ】「くろうみそ」【F75040815】
「願はくは、我に七難八苦を与へ給へ。」
 山中鹿之助の言葉。鹿之助は戦国時代の武将で名は幸盛。出雲の人。尼子義久に仕える。1566年、義久が毛利氏に降ったので、尼子勝久を擁して戦ったが、のち播磨上月城で毛利方で攻められ、捕らえられ処刑された。山の端にかかる三日月を仰いで祈ったと伝えられる。
 
 

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