タイトル

 ぽくドラえもんなのら
 連載初期のドラえもんが語尾に「なのら」をつけるということが「ドラえ本」で紹介されたことで多くの人が衝撃(?)を受けたようですが、実は初期ドラの特殊な言葉はこれだけではないのです。まず、「だ」は「ら」、「で」を「れ」と発音しています。ですから、「こんないやな人となんか、死んもけっこんしないわ〜と思わせるん。」となります。当時の学習雑誌には「『だ』を『ら』としかいえないドラえもん!!」とか「『で』を『れ』としかいえないドラえもん」、「口がまわらないドラえもんは、…」などと書かれています。
 他にも「ぼく(BOKU)」を「
ぽく(POKU)」と言っていたのです。なんとあの「未来の国からはるばると」で「ぽくはきみをおそろしいうんめいからすくいにきた。」となっていたのです。
 ただ、これらの設定は徹底されていたわけではないようでして、同じ作品中でも必ずしも「だ」を「ら」と言っているわけでもないのです。藤本先生ご自身としても特に重要な設定でもなかったのでしょう、このドラ語は連載4回目以降は登場しなくなりました。
 
 ドラ美ちゃん
 ドラえもんの妹、ドラミちゃん。彼女はゴキブリが嫌いでメロンが好物で、チューリップ型のタイムマシンに乗っていて、というのは昔コロコロコミックで「ドラえもん百科」を連載していた故方倉陽二先生が生み出した設定で、藤本先生のオリジナルではないことはご存じでしょう。
 さて、このドラミちゃん、初期の「ドラミちゃん」は「ドラえもん」とは別の作品だったということは皆さんご存じでしょうが、ドラミちゃんのデビュー自体は「ドラえもん」の作品の中ででした。
 「ドラえ本」や「ド・ラ・カルト」で紹介されているとおり、「小学四年生」1973年3月号(この号の作品は「未来世界の怪人」)で、「小学五年生」1973年4月号でドラミちゃんが登場します、という予告が掲載されています。この時のドラミちゃんはなんとヒゲまではえていて今のドラミちゃんとは似ても似つかない姿ですが、翌月のデビュー作では今と同じ姿で登場しました。
 さて、姿自体は今と同じ姿で登場したドラミちゃんでしたが、なんとこの時は「ドラミ」ではなく、ドラ美でした。「ミ」が「美」に変わるだけで随分イメージが違ってきますよね。残念ながらこの作品、てんコミには未収録となっています。
 
 ダウジング  「地底の国探検」【K74060510】
 「ドラえもん」ならぬ「ドラミちゃん」の傑作、「地底の国探検」。その出だしで、カバ田じゃなくジャイアンが針金2本で土に埋まっているものを探しているシーンがありますね。このジャイアンがやっている行為は「ダウジング」と呼ばれているものです。結構このダウジングは歴史が古く、紀元前6000年にも行われていた形跡があるそうです。
 この作品が描かれた1974年当時では「科学的根拠ははっきりしない」とされていますが、現在はどうなのかといいますと、やはりまだ分かっていないようです。
 それでもいくつか説はあるようで、自分の無意識のうちに手の筋肉が動いてしまうという生理的な身体動作(不覚筋道)を理由に挙げる人や、磁性細菌という、体内にマグネタイトという磁石を持っているバクテリアに反応するという説などがあるそうです。
 
 パイロット版?てんとう虫コミックス
 皆さんご存じの「てんとう虫コミックス」。「ドラえもん」がそのシリーズの第一弾となったわけですが、この「てんとう虫コミックス」という名前はどうやら発行ギリギリになって決まったようなんです。
 というのも、てんとう虫コミックスが出版された昭和49年の小学館の学習雑誌に掲載された広告にはなんと
「小学生コミックス」という名前で写真付きで紹介されているのです。マークもてんとう虫ではありません。
 
 初版のいろいろ
 ここで取り上げているてんとう虫コミックス「ドラえもん」の初版にはいくつか間違いがあります。それらについては別のコーナーで触れていますが、初版、というよりは初期のてんコミには作品以外にも装丁の面で今とは異なっているところも多いのです。
 まず、背表紙ですが、一番上にドラえもんの顔があって「ドラえもん」のタイトル、次に巻数がありますよね。現在の版ではピンクの四角の中に黄色の数字が書かれてますよね。これ、ごく初期の版では1巻から14巻まではピンクの四角の部分は赤や緑、青などいろいろな色になっていました。
 もひとつ、マニアックなネタを。てんコミのカバーの表、「ドラえもん」のタイトルですが、皆さんもうこれは見なくても書けますよね。青のロゴにピンクの丸がくっついていますよね。ところが、4巻の初版だけはなぜかこの丸の部分がオレンジ色になっているのです。どうでもいいといえばどうでもいいことですが(^ ^:)。
 
 1461の謎
 「ドラえもん」は昔藤子不二雄A先生も描かれていたとか、ゴーストライターが描いていたなどと、某くだらない雑誌がデマを流していましたが、「ドラえもん」は藤本先生の作品です。ただ、皆さんおわかりでしょうが、後半になるにつれ、その他大勢のキャラはアシスタントによる絵が目立つようになります。ただ、それでも晩年の大長編ドラえもんではどんなに体調が悪くても主要キャラの顔は藤本先生がペン入れをされていました。
 というわけで背景などもペン入れはアシスタントの方がされていたんですが、そこには結構気づかずに読み飛ばしているネタが転がっています。
 そのひとつが135ページの林永ミルクの車。ナンバープレートを見るとう1461とあります。だからどうした、といわれればそれまでなんですが、実はこの巻以前にも1巻の77ページの「練1461」、4巻43ページの1461、12巻133ページの1461など車のナンバープレートには、かなりの確率でこのナンバーが書かれているのです。
 じゃあ、この「1461」っていったい何?ということになるわけですが、11巻の165ページの最後のコマの電柱の看板を見てください。「フジコ商店」の電話番号が「03-373-1461となっていますね。そうなんです、当時の藤子スタジオの電話番号から来ていたんです。
 
 百年後のフロクと1975年の付録  「百年後のフロク」【D75021012】
 のび太に頼まれてドラえもんが未来から持ってきた「小学四年生」のフロク。「日本一周大旅行ゲーム」を見てのび太は「今年のふろくと同じだ。」と言ってますよね。実はこの作品が掲載された「小学四年生」昭和50年2月号の付録も「日本一周大旅行ゲーム」だったんです。それだけではありません。「算数名コーチ」も「クイズパズル百科」も「びっくり立体スコープ」もこの号の付録だったんです。そしてあの「ジューンのハウスセット着せかえつき」もそうなんです。昭和50年年の方はジューンちゃんではなく、桜田淳子ちゃんでした。
 
 「ナイン○テン」と「プラスチックの靴」  「百年後のフロク」【D75021012】
 ほんとは「もどりライト」のコーナーで扱うべき話題なのですが、フロクの話題が出ましたので、ついでにこちらで紹介します。
 未来の「小学四年生」に載ってい月面の宇宙動物パーク訪問の記事と「ナイン○テン」「プラスチックの靴」もそれぞれ1975年のフロクを元にしているのです。
 まず、「宇宙動物パーク訪問」の記事に当たるのが、「科学特集 宮崎サファリパークほう問 猛獣さまのお通りだい」です。
 次に「ナイン○テン」は聖日出夫氏の「ツー○スリー」のパロディです。ちょっとあらすじを書いてみます。主人公の牧村まもるは南小学校に通う四年生。元気いっぱいの彼は、いつも補欠だけど、プロ野球の投手になりたくて毎日一生懸命練習に励んでいます。彼のもう一つの目標、それは通学区域の変更で別の小学校に通う、野球部の4番・サードの彼のあんちゃんを三振に打ち取ることなのです。何故かといえば、あんちゃんから三振を奪えば、巨人の長島選手からもらったサイン入り帽子を譲ってやるという約束があるからなのです…。作品中の
「あんちゃん、ぜったい三しんとるからな。」はこういった話をパロったものだったんです。
 最後に「プラスチックの靴」は飛鳥幸子氏の「ガラスの靴」のパロディです。こちらは作品中からも分かるようにバレエ漫画です。主人公、白鳥ゆう子が様々なライバルと戦いながら、バレエ「ガラスの靴」の主役を目指すというストーリーです。う〜ん、某「ガラスの○面」にタイトルがそっくりだと思ってたらストーリーまでそっくりだったんですねぇ(^ ^;。
 

 百苦タイマー  「百苦タイマー」【C78041819】

 百分間に百の苦しみにあう機械「百苦タイマー」。これは「小学三年生」昭和53年4月号に掲載されたのですが、実はこの回で「小学三年生」での「ドラえもん」の連載回数が100回となったのです。このため「ドラえもん100回連さい記念大会」と銘打って「ドラえもんたん生物語」「ドラえもん大じてん」の企画と共に100回を記念して「百苦タイマー」が描かれたというわけです。
 
 読者が考えた道具
 1500以上登場したドラえもんの道具のいくつかは読者から寄せられたアイデアを元にしているものがいくつかあります。これまでに何度か学習雑誌上で「ひみつ道具コンテスト」といったものが企画されてきましたが、入賞したもので一番有名なのは「道路光線」でしょう。これは「小学三年生」昭和55年8月号で入賞が発表されたんですが、なんと豪華なことに、藤本先生が作品を描きおろしているのです。同じく金賞を受賞した「さよならハンカチ」「シューズセット」と共にそれぞれ2ページの作品が掲載されました。この時の「道路光線」の2ページの漫画が「歩け歩け月までも【E81042636】」の原型となっています。
 このほかにも昭和61年のコロコロコミックでの「ドラえもんひみつ道具アイディアコンテスト」では「ブラックホールペンとホワイトホールペン」が「ブラック・ホワイトホールペン【C870244--】」に、「ミニドラえもん」が「ぼくミニドラえもん【F870441--】」他に登場しています。ただ、「ミニドラえもん」は「幼稚園」昭和48年3月号に登場してるんですよね…。
 
 安岡医院の謎
 私、河井質店のハンドルネームが「未来の国からはるばると」のラストのコマの電柱の看板から来ていることはご存じだったでしょうか。ドラえもんの世界にはこのような電柱の看板がそうとうあるのですが、その中でもダントツに多いのが「安岡医院」です。この「安岡医院」、「本人ビデオ」では6ページの3コマ目にさりげなく登場しています。
 では「安岡医院」って何なのでしょう。実はこの「安岡」というのは昭和50年代前半から昭和60年頃までみえた女性アシスタントの方の名前なんです。
 他にも「安岡書店」や「安岡電機」などさまざまな形で登場しますがやはりなぜか「医院」が多いのです。中には「人間ブックカバー」に出てきた「赤毛のアン」の本の訳者としてフルネームまで登場したりしています。ここまでばらしちゃってよかったかな?
 
 あの絵は誰の絵?
 「ドラえもん」を読んでいると、途中からどう見ても藤本先生の絵ではない部分が出てきますよね。その一つがこの「空気中継衛星」です。他には「しずちゃんとスイートホーム」「サカユメンでいい夢みよう」があります。
 じゃあ、この藤本先生が描いたのではないこの絵は一体誰が描いたのでしょう。答えは当時のチーフアシスタント、たかや健二氏です。たかや氏はスネ夫が愛読しているという「プラコン大作」の作者です。たかや氏はまた、「のび太と鉄人兵団」のザンダクロスことジュドのデザインをされたそうです。
 藤本先生のちょっとした事情で続きを描くことができなくなり(ご病気のためではないです)、たかや氏が残りを描いたわけです。
 また、単行本未収録の作品の中には、丸ごとたかや氏が描いた作品も存在します。「小学一年生」昭和57年12月号の「空中つりセット」と「小学四年生」昭和56年12月号の「さかさカメラ」がそれです。
 
 「ドラえもん」は全何巻?
 いきなり問題です。てんとう虫コミックス「ドラえもん」は何巻まで出ているでしょう?簡単ですよね、そう45巻です。
 さてもう一問、ではこのてんとう虫コミックス「ドラえもん」は何冊あるのでしょう?同じ問題じゃないかって?ところがどっこい違うんですねぇ。答えは46冊。何故一冊多いのかといいますと、コロコロを欠かさず買っていた方ならお分かりでしょう。44巻と45巻の間に44.5巻が存在するからです。
 この44.5巻、1994年のコロコロコミック9月号の付録で、学習雑誌に連載された「ガラパ星から来た男」の総集編になっています。もっともこの「ガラパ星から来た男」は45巻に収録されてしまったので、ありがたみがなくなってしまったとはいえ、この44.5巻をお持ちの方、これは貴重ですよ(^ ^)。
 
 T・Pの乗り物  「のび太の恐竜」
 大長編には「恐竜」「日本誕生」「ブリキの迷宮」としばしば登場するタイムパトロール。そこに毎回登場する乗り物の名前はご存じですか?これが答えられたらあなたはすごいです。あいにく原作には登場しませんし、映画でもその名前が触れられたことはありませんが、ちゃんと「のび太の恐竜」が映画化された時にちゃんと命名されているのです。
 その名前は「タイムマリン」。「タイムマシン」と海を意味する「マリン」の造語でしょうが、時空間を航海するという意味で作られたのでしょう。
 さて、逆に恐竜ハンターの乗り物、こちらにも名前があるんです。それが「スコルピオン」。こちらは見た目そのままの「サソリ」ですね。
 
 マンドラゲの根とは?  「のび太の魔界大冒険」
 もしもボックスで魔法の世界に入ったのび太たち。39ページでテレビで宣伝をしている「不老長寿丸スーパータイプ」の原料の一つとされる、マンドラゲの根とは一体なんなのでしょうか。
 恐らくこの「マンドラゲ」というのは「マンドラゴラ」のことだと思われます。オカルトものがお好きな方ならご存じかと思いますが、この「マンドラゴラ」、想像上の植物で根っこが男女の人の形をしており、引き抜く時に断末魔の叫びをあげ、この叫び声を聴いた者は気が狂って死んでしまうとされています。
 媚薬に使われるとされ、これを引き抜く方法としては人間は耳をロウで塞いでおき、紐で犬とマンドラゴラを結び、犬に引き抜かせるというものです。藤子A先生の「忍者ハットリくん」では獅子丸がこれを引き抜かされてました(^ ^;)。
 
 主題歌の詩がないわけ
 19作のは別として、映画ドラの主題歌は印象深い名作が多く、てんコミにも見開きで主題歌が途中で出てきますが、「のび太の海底鬼岩城」と「のび太の魔界大冒険」「のび太と鉄人兵団」には主題歌のページがありません。何故なのでしょうか。
 まず、「のび太の海底鬼岩城」の方ですが、実はてんとう虫コミックスの大長編ドラが最初に発売されたのは「のび太の恐竜」ではなく、この作品なのです。ですから、最初に発売された時は歌詞を載せるという考えがなかったんですね、次に発売された「のび太の恐竜」から歌詞を載せるようになったのです。ちなみに、藤子不二雄ランドの「のび太の海底鬼岩城」にはちゃんと「海はぼくらと」の歌詞が載っています。
 次に「のび太の魔界大冒険」ですが、こちらはちょっと事情が違います。まず、ここでクイズですが、「のび太の魔界大冒険」の主題歌は何というタイトルで誰が歌っていたのでしょう?「だからみんなで」で、岩淵まことではありませんよ。確かにビデオではそうなっていますが、本当は「風のマジカル」で、小泉今日子が歌っていたのです。
 契約の期限が切れてしまったため、漫画にもビデオにも使用できなくなったというのがその理由のようです。
 「のび太と鉄人兵団」は…すみません、分かりません(^ ^;)。恐らく歌詞を入れる適当な場面がなかったのではないか、と思うのですが。
 
 絶筆  「のび太のねじ巻き都市冒険記」
 藤本先生の最後の作品となった「のび太のねじ巻き都市冒険記」。晩年の作品はゴーストライターが描いていたなどというくだらない噂も流れていましたが、断じてそんなことはありません。藤本先生の作品に慣れ親しんだ方なら先生の絵かそうでないかは一目瞭然ですからね。
 ただ、この絶筆となった作品はやはり作画のほとんどは藤子プロの萩原氏によるものです。最初のカラー4ページまでは藤本先生ご自身がペン入れと、連載第3回までのネームは藤本先生によるものです。
 

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