ボクたちが、この作品でかこうとしたのは、未来を舞台にした生活ギャグです。アンドロメダから冥王星を経由して、宇宙の旅行者が大挙して地球にやって来るという、100年後の東京──。
主人公一家は、そこで宿屋を営んでいるのですが、江戸時代に開業した古い伝統を誇るものの、設備が古めかしくなって経営難が続いています。古いタイプのロボット従業員を含め、一家は異星からの客を泊めて盛り返そうとするのですが、地球人と各星人の考え方や行動様式がズレて、おかしなことが起こります。いうならば、未来という異常世界に、現代の日常を持ちこんで仕立てたギャグといえます。
主人公・21エモンくんは勉強ぎらいで、立体テレビで送られてくる授業も、ビデオ・テープにとりまくって、あとでヒーヒー苦労する少年です。ときには、宇宙パイロットを夢見るが、難しい勉強が必要とわかってひるんだり、身を危険にさらさなければいけないことでおじけづいたり……ライバルの娘に、ホテル経営のやりがいを吹きこまれたりすると、たちまち乗り換えたりする現代っ子ふうの性格の持ち主。周囲は、そのたびに一喜一憂させられます。ことに、当代の主人・20エモンは、ひとり息子がパイロットだと知るや、ヤケ酒をあおって悩んだり、心変わりをしたと聞いてはとび上がって喜んだりする。そこには、宿屋の経営もさることながら、祖先から子孫への後継ぎといった、今と変わらない考え方が浮かび上がります。ボクたちは、未来社会を描きながらも、現代と基本的に変わらない人間の生活を、作品に投影したのです。落ちこぼれやいじめっ子、今あるがままに、というわけです。
さて、ドラマの展開される舞台は、100年後の宿屋ですが、建物のつくり方や設備の設定は、基本的には、現代の旅館のそれを発展させたものです。宿泊者は広大な宇宙の旅行者たちですので、それらと支障なく接触できるように、いろいろな手だてを考えるのです。そのうちにもっともらしい未来ができあがります。
舞台設定にしろ、人物の性格づけにしろ、日常的なものの裏打ちが薄いと、ただのトッピなフィクションに陥りかねません。21エモンたちの宿屋は、一家の願いにもかかわらず、見すぼらしさのために周辺の景観とは違って、きわ立って見えてきました。こうなると、主人を始め21エモン、従業員ロボットたちの客ひきに、悲壮なムードがからんで、笑いをひき立ててくれます。
この宿屋に泊まる宇宙人は、地球の価値観で測りきれないような、おかしな生物です。ヘッコロダニ星雲のタンバ星系ササヤマ星人は、水銀のスープを飲み、ニッケルの重油いため、銅板のステーキを食べる怪物でした。この星には、お金を使う制度がないので、宿泊料を自分のペットで肩代わりして帰ります。このペットこそ、モンガーという“絶対生物”で、これに話題をふくらませる役目を負わせ、それ以後のゲストキャラとからめて、各話を展開していったのです。